魚の卵食べちゃいけない教
久しぶりにココログのトラックバック御題を。
「魚の卵食べちゃいけない教」という宗教をご存知だろうか?知ってたら私の知り合いである可能性が高い。
私はこの宗教の教祖である。
野菜は全く好き嫌いがなく、フキノトウだろうが、わさびだろうが、辛味大根だろうが、何でもおいしく食する子だったが、魚はやや・・ややや・・・やややや苦手であった。母はそんな子を見込んで、正月の鯛の尾頭付(うちでは正月は鯛を銘々一尾づつつけた)を翌日、吸い物にするべく、白身をほんの一口だけ取り分けて置くことを慣わしとした。魚は煮ても焼いても揚げても、生でもことごとくこうだったから、役務として一口分だけ食べれば、それでオッケーをもらっていた。(ちなみに母は魚大好き人間。数の子、いくら、うに、大好きな人である。)
まず、小児喘息・アレルギー体質だった教祖は10歳のころに天からの啓示を賜った。今もココロの石版に深く刻みこんである。
「お肉は生き物の命を一口いただいている。魚も一口だけいただいている。だけど、魚の卵はどうだ?一口でいったいどれだけの命をいただいているのか?」そう、疑問・・いや啓示を受けて、魚の卵を食しなくなった。
いやいや、TVでタラの卵が一斉に孵化するシーンを見ていたときにタラコおにぎりを食べていたせいではない。丁度そのときだったかもしれないがそれは単にトリガーにしか過ぎず、厳しい野菜修行をものともしない教祖の煩悩解脱した瞬間のことだったかもしれない。(気持ち悪くなってトイレに駆け込んだだけ・・・というのもあるが、ここはあくまでも解脱としたい。?宗教用語がハチャメチャ?えーー?他でもそうぢゃん)
ちなみにうちの兄貴は「豚肉食べちゃいけない教」の教祖だったときがある。かのムハンマドと流れは一緒かもしれない。建築士の兄は高校は「農産科」があり、豚舎を見ていたせいだった。お陰で夕飯がカレーのときは、兄貴が避けたお肉が私の皿の上に乗せられ、今で言う「特盛り・肉のせ」状態。嬉しかったなぁ。
そんな兄は大学時代、あっさり、改宗した。カツ丼は奴を転ばせた。嬉しい時代は短かった。
「魚の卵食べちゃいけない教」に戻ろう。教義はいたって簡単。「食べちゃいけない」「食べられない」。である。どっかの宗教と違うのは「勧誘は一切行わない」「他人が食べていても気にしない」。この宗教は単に教義を遂行することにより、「魚に対する大量消費行為」を慎むことでいいのである。
もちろん、亜流も大歓迎である。何でもいい。食べることの何かに疑問を抱いて、食べたくない・・・と思ったら、どうぞあなたも教祖を名乗ってください。
決して「嫌いだから」と口にしてはいけません。それじゃただの好き嫌いになっちゃうじゃないですか。(そうとも言うけどさぁ)厳かに口にしてください。「信仰上の理由で」。
ただいま信者募集中。お布施も大歓迎(笑)
| 固定リンク
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/16603/302497
この記事へのトラックバック一覧です: 魚の卵食べちゃいけない教:
» これだけは食べられない [トラックバックPART2]
「そこまで大袈裟にしなくても。単に嫌いでいいじゃん」(ガソリンスタンドのアルバイト)
[続きを読む]
受信: 2004.05.28 16:42
コメントを書く
コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

コメント
管理者 様
間違ったURLにてトラックバックをしてしまいましたこと、ご容赦ください。
お手数おかけしてしまい恐縮ですが、削除のご対応をよろしくお願い致します。
投稿 ココログ事務局 | 2004.05.28 16:52